一般化する「社畜」という言葉と、増えるSM性癖に目覚める若者達・・・

「社畜」という言葉が世に現れてから既に久しいが、現在においても「社畜」をネタにしたニュースは、多くの情報サイトに溢れている。

「社畜はツライ」

 

「どうせ俺は社畜だし」

そんなボヤキがあっちこっちから聞こえてくる。

 

社畜という文字が匂わす自虐さは、まさに現代の若者に刺さる秀逸なネーミングと言え、この言葉が流行るのはよく理解できる。

 

社畜の増加とSM性癖に興味を持つ男女の関係性

 

しかしそれだけが理由ではないだろう、実際に「家畜」とも言える管理社会の出現が流行を支えている事を忘れてはならない。

 

一方、時を同じくして、若者の中にSMプレイを楽しむ層が増えてきているらしい。

 

あるSMクラブの黒服が言うには

黒服 「もともとSM業界はM男性のお客さんに支えられてきました。それほどM男性は多いのですが、大抵はある程度のステータスを持ったサラリーマンでした。」

 

黒服が言うには、今から15年前程前は、経済的に余裕がある会社の上層部。特に大企業のサラリーマンに多かったという。

 

黒服 「当時50代くらいだったので、すでに60から70でしょうか。今はさすがに来ないですね。」

 

やはり加齢とともに足が遠のくようになっていったようだ。

 

しかし近年はその傾向に大きな変化が出てきたと言う。

 

黒服 「最近は若い男性が多いです。うちはM男性専門になりますが、他店ではSプレイを望む男性も増えてますよ。全体的にSMは増加傾向にあります。」

 

これは男性に限った話ではなく、女性でもSMプレイを望む声は大きくなりつつあるという。

 

残念ながら女性向けの風俗は少ないのでそれを発散させる場はなさそうだが、SM専門店で女王様の求人は増加の一途を辿っている。

 

また、都内にある素人参加型のSMクラブでは若い男女が夜な夜な遊びに来るという。

 

そこでは首に鎖を繋がれた

卑猥な格好のM女が各席を回ってご挨拶をしている

というから驚きだ。

 

そんなSMクラブに通う男女は若い人で20代前半。

 

彼らが言うには、日頃のストレス解消だという。そこで口にしたのが例の「社畜」というワードだ。

 

社畜を作るストレス社会のはけ口がSMプレイを冗長させている

高度経済成長期は、今よりも決して裕福であったとは言えないが、個人として表現する場は多かった。

 

特に大企業においても、営業活動は突き詰めれば個人の裁量に任されることが多く、個人がそれぞれの性質、人間性を表に出しながら営業をしていたと言って良いだろう。

 

しかし近年はコンプライアンスに固められ、個々の表現を最小限に押さえることを良しとし、マニュアル通りでしか対応できなくなっている。

 

仕事は生きていくうえで非常に長い時間を費やすので、その時間内で

まったく自己を表現出来なければ

そのストレスは多大なものになるだろう。

 

以前の大企業の上層部は多くの部下を抱え、コンプライアンスほど明確な基準が無かったにせよ、個々の表現は著しく少なかった。

 

部下や社会から望まれた役に徹して、個人を殺し続けていたと言って良い。

 

そんな彼らも同様にSMにはまった。

その点で現代の「社畜」に通じるものがあると言っていいだろう。

 

では女性はどうなんだろうか?

SM界隈からの情報では女性がSMの世界に参入することも増えてきているという。

 

この辺りはどうなんだろうか?

 

SMに興味を持つ女性の心理や考え方

 

実はここは簡単に説明できる。

 

彼女たちの言葉を聞くと、ほぼ同じ回答を得る事が出来たからだ。

 

「(元)彼が、SMが好きだったから。」

 

蓋を開けてみれば非常に単純な話で、聞いてみれば非常に納得できる。

 

女性は他者やコミュニティに対する順応度が非常に高い。

もちろん男性と同じく抑圧されたモノを持っているのは間違いないが、それを受け流したり、順応する能力が高い。

 

その順応性が逆にSMを望んだ彼氏に対して発揮した結果と言えるだろう。

 

そんな中でも真正のドM女だけは少々毛色が違うようだ。

 

ドMになった理由。その源流をたどると

幼少期の問題に当たる

ことが多い。

 

幼少期の家庭が不安定である場合、精神に歪みが出てくるのは広く知られた事実だが、その歪みの一表現の中に、M女というものが存在する。

 

そもそも性癖に限らず

「癖」というものは、精神の安定を図るためにある

と言って良い。

 

そういう意味で、SMも個々の安定を図るための重要なモノであり、ドMという属性も、彼女たちの安定の為に存在し、彼女たちを救っていると言えるだろう。

 

昔と比べてSMは、広く大勢に知れ渡り、市民権を得た。実際にSMと聞いて、知らぬものは殆どいないだろう。

 

そして、SMは決して恥ずかしいものではなく、自己の表現の一種だと胸を張って主張できる土台が出来つつあるのかもしれない。

 

それは良い事であると、私は言い切るつもりだ。

かく言う私はド級のM男。

お願いです女王様!どうかこの哀れなワタクシめを口汚く罵ってくださぁぁい。あひ~~

 


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